『毛皮のエロス ~ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト~』(FUR : AN IMAGINARY PORTRAIT OF DIANE ARBUS) / ニコール・キッドマン

監督 :
スティーヴン・シャインバーグ
特に目立つ人たち :
ニコール・キッドマン
ロバート・ダウニー・Jr
おれが観たあらすじ :
実在した女性アーティスト “ ディアン・アーバス ” が生涯撮り続けた被写体とは、なに?

 この映画の感想は、たかだか1行や2行じゃ語れない。

 ──── それはなぜなら、愛だから……そしてそれは、命だから。

『毛皮のエロス ~ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト~』観賞履歴 & 感想のまとめ。

  1. 第1回目観賞 : やっぱペンタックスかなぁ~……

 まず、しょっぱなから “ オマージュ ” っていう意味がわからなかった。
 なので、とりあえず辞書を引いてみたら、こう書かれてあった。

hommage : フランス語
芸術家などにささげる敬意。または、そのような敬意を表した作品、その献呈。

 なるほど。たしかにな。
 要は、作り話ってこと。タイトルのとおり、あくまで “ 幻想のポートレイト ” っていう作り手側の作品らしい。

 予告編では、とにかく “ ノンフィクション ” だと思い込んでた。
 間違いなく、あんなのはフィクションじゃなきゃあり得ない世界だとは薄々感じてはいた。
 万華鏡みたいなのから見たような情景だったり、秘密のパーティーみたいな仮面舞踏会っぽい人が出てきたり、『エレファントマン』みたいなのがうろちょろしてたりする。
 そこでまず、ちょっとガッカリ。なんだよ、フィクションかよと……

 でも、そこは、さすがニコール・キッドマン。
 自分が出る映画はきっちり選ぶ人って感じ ──── まあ実際にはどうかは知らん。

 言ってみれば、『アイズ・ワイド・シャット』みたいな雰囲気がある。あわよくば、ただのエロ映画、若干の変態映画に成り下がる危険をはらんだ映画だ。観る人によってはそう受け取られてもおかしくないと思ふ。
 ただの “ 毛フェチ ” なべっぴんさんがヒロインと愉快な仲間たちみたいな内容なんだけど、最近の映画にありがちな、色彩、照明、キャスト、あらゆる面からの官能的な演出で、それをそうじゃなく魅せようとがんばっちゃってる映画。よもや『世界ビックリ人間』の長編と映るかもしれない。
 ダイアン・アーバスの写真と同じだ。

 いや、むしろ『アイズ・ワイド・シャット』よりもっと悪いかもしれない。
 次から次へと変なのが出てきて、そういうのに魅了されて、エロティックな演出のなかでヤッて、最後のエピローグじゃ、ヒロインまで素っ裸だ。
 チンポが出て、亀頭も出てる。無修正なフルチンのオッサンがうろちょろしてる。女はといえば、さすがに産道は脚を組んで隠してるものの、そういう視線で見る男としては、まったくもって観るに耐えない。
 画が汚い。
 デブとハゲ ──── 見事なまでに、この世の二大醜悪コラボレーションだもんな。
 ブタとゴリラでもいい。なんなやら、お局と部長でもいいよ。

 でも違う。違うよ。
 ただのエロじゃない。ただの変態じゃない。
 むしろ、健常であり、崇高。
 人を観るってこと。リアル。過剰なリアリティー。現実がそこにある。突きつけられる現実。
 思わず目を背けたくなってしまうような現実。
 そう……まさに『エレファントマン』なんだな。
 そしておれは、それを観た。


 人の趣味嗜好なんてのは、結局たかが知れてるし、それが現実なんだから受け入れるほかない。
 他人には選んだり、比較したり、経験や知識、世間体、いろんなもののなかから選択肢が与えられる。受け入れることもそうだし、それを拒むこともできる。
 でも、自分自身にとっては、完全にノー・チョイスなんだよな。
 それこそ、生まれもってきたものなんだから、才能と一緒だ。
 否定はできる。
 でも、消せはしないんだな。

 んでまあ、やっぱり実名が出てきたもんだから、“ ダイアン・アーバス ” って名前で検索してみたらあった。
 映画のなかではわざわざ “ ディアン ” って言いなおすまでしてるのに、インターネットじゃ “ ダイアン・アーバス(Diane Arbus) ” になってた。
 読むより先に、まずこの人の写真が見たかったわけだけど、やっぱり読まされた。
 ので、とりあえずザクザクッと読んでみた。
 そしたら、最期は、やっぱり自殺だったらしい……
 なんか複雑。

 おれには才能なんて人のも自分のもわからねぇけど、いくつか見れたこの人が撮ったらしい写真は、おれ、嫌いじゃない。
 なんかいろいろ世の中には有名な写真家さんているけど、なんかおれ、そういう写真は好きになれない。なんでかはわからない。でも、好きじゃない。
 でもこの人の写真は、おれ、嫌いじゃない。

 この人はきっと、本当に、本当の “ 天才 ” ってやつだったんだと思うな。
 天才も天才、天才のなかの天才。
 それを基準にもってくるのはおかしいこと極まりないし、凡人の常であり、愚の骨頂だけども、そうは認めない凡人も数多くいるからだ。
 ちょっとしか見てないけど、“ 天才 ” っていう言葉が出てこない。“ 優れた ” とか “ 秀でた ” とか “ 非凡 ” とかで表現はされてても、それはない。
 ディアン・アーバスは自分の才能を知ってて、それでかつ、そこからさらに発展してる。自分の才能がもたらす自分と周囲を含めた影響から、それを一時期でも遠ざけたわけだ。捨てようとする道を選んでる。恐怖すら抱いたらしいじゃない。
 才能のある人間がそれをするって、想像もできねぇけど、たぶんすげぇことだ。新しく買ってもらったコートを脱ぎ捨てるようなもんじゃないの?
 たとえがショボいか?
 だからこそ、天才だからがゆえに、自分のその才能、自分自身に悩むんだな。
 ああ、懐かしいなぁ~、あの感覚……

 まあ変態ってのは、やっぱりそこには、どんな形であれ、もしかしたら形はなくとも、それを表現できはしなくとも、いずれにせよ自分なりの愛があるっていうこと。
 しかも、すっげぇおっきなやつ。過剰な愛っつーの?
 で、あまりにそれがおっきくて、おっきすぎて自分でもコントロールできなくなっちゃうぐらいのやつ。
 それを観れたような気がした。改めて教えてくれたような気がするし、初めて知った気もする。
 それってすっげぇ大切なことだと思うし、大切にしたいことだと思う。


 はてさて、ニコールキッドマン。
 相変わらず美人極まりない。全身から漂う気品と美貌に一寸のよどみもない。完璧至極。
 果てしのない美しさ。透き通るような美しさ。
 こんなにも美しい人、ほかにいますか?
 もしニコール・キッドマンに逢えたら、もしもどこかで逢えたなら、おれ死んでもいい。
 なんて言ったら、“ じゃあ、死になさいよ ” とかさらっと言ってくれそうな雰囲気がぷんぷんする。
 でもその傍らでは、“ ダメよ、死ぬなんて冗談でも言っちゃダメよ ” なんて抱きしめてもくれそうな気配と期待。
 あぁ~……もうこの人のなんとも言い知れない魅力というか雰囲気というか、空気そのものをどうにかしてください。

 んでもって、気難しそうだなぁ~っていうのが外ににじみ出てる人 No.1 だ。
 すっげぇ見るからに冷たそうな印象だけど、実はあったかい人なんだろうなぁ~って勝手なギャップを楽しんでみたりもするけど、前に『王様のブランチ』で LiLiCo がニコール・キッドマンにインタビューしてるのを観たけど、あまりにもミステリー。まったくなに考えてんのかわからん。
 会話が単発。そして、意味深な微笑み。
 相手を困惑させるし、不安にもさせるし、それでいてワクワクさせる人な感じ。
 でも、映画のなかじゃ、まるで違う。役によってあまりにも顔と雰囲気が違いまくる。
 やっぱり芸術家なんだろうか? なんか左利きみたいだし、芸術家ってこういう人が多いんだろうか?
 やっぱり、あまりにも美しい人ってのは、頭おかしいんだろうか? 美しすぎると頭もおかしくなってくるんだろうか?
 おれの理解を超えた美しさだ……なんだろな。
 優れた芸術家がひと目見た瞬間に魅せられて、その場から離れられなくなるという “ ミロのヴィーナス ” と同じなのかねぇ~。
 ない部分への想像。イマジネーション。かき立てられて仕方ねぇ。氷の彫刻ってやつか。

 なんでニコール・キッドマンが美しいかっつーと、骨だ。きっと骨。たぶん骨。いや、骨。
 ニコール・キッドマンは、もうその骨が美しさを形作ってるんだろうなと思ふわけ。
 ちょっとしたことですぐに増減する肉で作られたもんじゃない。だから年をいくら重ねてもミジンコも崩れてこない。人間の姿は骨なんだな。
 頬に肉がついてて可愛らしく見えるのは、あくまで若いうちだけ。ちょっとふっくらしてるのが可愛いのは、肌にハリがあるうちだけ。
 それがなくなると、どうなるか。
 頬の肉が垂れ下がって、すぐに鼻の横のしわが目立つようになってしまうわけだ。
 それは美しいだろうか?
 それを味とか美しいとか呼べるのも、頬の肉が垂れ下がった状態じゃ無理だろう。
 きれいな年の重ね方をしたいのなら、まずは頬の肉を落とすことだろうと、おれは思う。
 
 まあ、ニコール・キッドマンへの想像ミステリーを書いてくと、延々終わらない気がするので、もうやめる。
 この人の美しさも、ノー・チョイス。

 いや、最後。
 とりあえず個人的には、この『毛皮のエロス』のなかでもあったけど、一人で、っ(本気だして詰まらせて)ボーッとしてるときが一番画になると思われる。
 年とってちょっとでも崩れてくれたら、おれもちょっとは落ち着くんだけども、まるで落ち着く気配もねぇ。
 この人の氷は、いつまで経っても溶けやしねぇな。


 あとは知らねぇ。たいした興味ねぇ。
 ニコール・キッドマンをして、そう言いたいところなんだけども、ロバート・ダウニー・Jr だよ。
 最初のキャストの名前に “ Robert Downey Jr. ” って出たから、“ おっ!? ” と思って観てたけど……そこっすか!! マジ、そこっすか!!
 意外に有名どころ使ってきたねぇ……
 と思いきや、最初にイメージした人は “ Cuba Gooding Jr. ” のほうだった。『僕はラジオ』で主人公役だった人。カタカナ表記では、キューバ・グッディング・Jr。
 だから “ どこ? ” って思ってた。
 予告編からじゃ、そんな有名どころ出てくる気配すらなかったし、実際観てても出てこれるシーンもなかった。
 でも、ロバート・ダウニー・Jr その人ならわかった。納得。
 たしかに重要な役どころで、その哀愁っつーか、悲哀と皮肉っぽい笑みがハマってたけど、すっげぇ贅沢だ。
 勃起した。ピコーンです。もし効果音をつけるなら、ピコーン。
 いや、冗談です。あくまでたとえ。比喩表現。


 もういい。
 あとはもう、ホント興味ねぇ。
 最後のエピローグで出てきたベンチの人が、ちょっと気になるぐらい。あの人もきれいだった。

 まま、この映画は、観る限りホントに “ オマージュ ” って感じ。
 よくも悪くも、それ以外のなにものでもない。
 おもしろいわけじゃない。でも、おもしろくないわけでもない。
 なんか、なんとなくなにかを教えてもらったし、この映画のなかになにかを見て、見つけた気がする。

 そんで、デジタル一眼レフがいっそう欲しくなった。
 おれは被写体を、どこに求めるんだろう?

 ある一人の女性写真家へのオマージュであり、この映画自体が一つの芸術作品なのかなと。
 きっと、たとえたった1シーンであっても、そこには幾重もの写真が積み重なってできたアルバムなんだと思ふ。
 ディアン・アーバス女史から影響を受けた人たち、この『毛皮のエロス』を作った人たち、観た人たち、そしてだれより、ディアン・アーバス本人がずっと撮り続けた自分自身の。


タイトル (英題) :
『 Fur: An Imaginary Portrait of Diane Arbus 』
原作 :
パトリシア・ボズワース (Patricia Bosworth) / "Diane Arbus" 『炎のごとく 写真家ダイアン・アーバス』(文藝春秋刊)
監督 :
スティーヴン・シャインバーグ (Steven Shainberg)
製作 :
ローラ・ビックフォード (Laura Bickford)
パトリシア・ボズワース (Patricia Bosworth)
アンドリュー・ファイアーバーグ (Andrew Fierberg)
ウィリアム・ポーラッド (William Pohlad)
ボニー・ティマーマン (Bonnie Timmermann)
製作総指揮 :
アレッサンドロ・ケイモン (Alessandro Camon)
エドワード・R・プレスマン (Edward R. Pressman)
マイケル・ロバン (Michael Roban)
脚本 :
エリン・クレシダ・ウィルソン (Erin Cressida Wilson)
撮影 :
ビル・ポープ (Bill Pope)
衣装デザイン :
マーク・ブリッジス (Mark Bridges)
編集 :
クリスティーナ・ボーデン (Kristina Boden)
出口景子 (Keiko Deguchi)
音楽 :
カーター・バーウェル (Carter Burwell)
出演 :
ニコール・キッドマン (Nicole Kidman) / ダイアン・アーバス (Diane Arbus)
ロバート・ダウニー・Jr (Robert Downey Jr.) / ライオネル (Lionel Sweeney)
タイ・バーレル (Ty Burrell) / アラン・アーバス (Allan Arbus)
ハリス・ユーリン (Harris Yulin) / デイヴィッド・ネメロフ (David Nemerov)
ジェーン・アレクサンダー (Jane Alexander) / ガートルード・ネメロフ (Gertrude Nemerov)
エミー・クラーク (Emmy Clarke)
ジュヌヴィエーヴ・マッカーシー (Genevieve McCarthy)
ボリス・マクギヴァー (Boris McGiver)
マルセリーヌ・ヒューゴ (Marceline Hugot)
エミリー・バーグル (Emily Bergl)
リン・マリー・ステットソン (Lynne Marie Stetson)
クリスティーナ・ルーナー(Christina Rouner)

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